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【理学療法士が解説】「運動嫌いの社員」を動かす心理学——自発的参加率を3倍にした声かけと設計の技術

2026.04.27


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監修・執筆者プロフィール
理学療法士
元プロ野球チームトレーナー(2013〜2021年)。現在は企業の健康経営コンサルタントとして、製造業・IT企業・医療機関など多業種の運動促進プログラムを設計・指導。「強制せず、仕組みで動かす」ことをモットーに、延べ数千人の運動習慣定着を支援してきた。

「運動推進月間にウォーキングイベントを企画したが、参加したのはもともと運動が好きな人だけだった」——健康経営担当者からこの言葉を聞くたびに、私は同じ質問をする。

「イベントの前に、参加しなかった人の『心の状態』を確認しましたか?」

運動嫌いの社員を動かすのに、根性論も、健康リスクの脅しも要らない。必要なのは「今その人がどのステージにいるかを見極め、そのステージに合った声かけと設計をすること」だけだ。行動変容の科学は40年前から答えを持っている。この記事では、その答えを職場の現場に落とし込む方法を具体的に解説する。

🔑 この記事で伝えたい「一番大事なこと」

「運動嫌いの社員」は存在しない。正確には「今は運動する気持ちになっていない社員」が存在するだけだ。人の行動変容には段階(ステージ)があり、ステージを無視した働きかけは逆効果になる。参加率を3倍にする鍵は、施策の「中身」ではなく、対象者の「ステージ別設計」にある。


🧠 Step 0:「運動嫌い」の正体——行動変容ステージモデルで読み解く

1980年代に禁煙研究から生まれ、その後運動・食事・薬物依存など幅広い健康行動に応用されてきた行動変容ステージモデル(トランスセオレティカルモデル)によれば、人が行動を変えるとき、必ず5つのステージを経る。

STAGE 1
無関心期
6ヶ月以内に運動を始めようと思っていない。問題を問題と感じていない
STAGE 2
関心期
「運動した方がいいとは思う」。でも行動していない。迷っている状態
STAGE 3
準備期
「来月から始めよう」。具体的に考えているが、まだ動いていない
STAGE 4
実行期
運動を始めたが6ヶ月未満。続けられるか自信がない
STAGE 5
維持期
6ヶ月以上継続。習慣として定着している

職場の運動施策が失敗する最大の理由は、「全員が同じステージにいる」という前提で設計されているからだ。ウォーキングイベントに参加できる人は「準備期以降」の人だけ。無関心期・関心期の社員には、そもそも別のアプローチが必要なのだ。

💡 理学療法士の現場知識

企業の運動習慣実態調査では、週2日以上の運動習慣がある就労者は全体の約30〜35%にとどまる(労働者健康安全機構調査)。つまり職場の約65〜70%は「無関心期〜準備期」にいる。この層に「まず動いてみよう」と声をかけても響かない。それどころか「また押しつけだ」という反感を生む可能性がある。

🗣️ ステージ別「声かけの技術」——NG言葉とOK言葉の違い

理学療法士として現場で最も大切にしてきたのは、「今その人がいるステージに合った言葉を使う」ことだ。以下に、各ステージで実際に効果の差が出た声かけの例を示す。

STAGE 1|無関心期——「運動?別にいいや」という人へ
✗ やってはいけない声かけ
「運動不足は生活習慣病のリスクがあります」
「健康診断の数値が悪いですよ」
「イベントに参加してみませんか?」
→ 問題意識がない人に「問題がある」と告げるのは防衛反応を招く。勧誘は「押しつけ」と受け取られる
✓ ステージに合った声かけ
「最近、肩や腰は大丈夫ですか?」
「階段と、エレベーターどっちが多いですか?(笑)」
「○○さんって学生時代、何かスポーツやってましたか?」
→ 目的は「行動の変化」ではなく「気づきのきっかけ」。問いかけ形式で自分事として考えさせる

STAGE 2|関心期——「やった方がいいとは思うけど…」という人へ
✗ やってはいけない声かけ
「1日30分の有酸素運動が推奨されています」
「今月のイベントに申し込んでみては?」
「やるかやらないか決めてください」
→ ハードルを上げたり、決断を迫ることで「やっぱり無理だ」と引き下がらせてしまう
✓ ステージに合った声かけ
「昼休みに10分だけ外歩いてみましょうか、一緒に」
「続けられなくても全然OK。まず1回だけ」
「○○さんが無理なくできそうなのって何ですか?」
→ ハードルを限界まで下げる。「できそう感(自己効力感)」を高めることが最優先

STAGE 3|準備期——「来月から始めよう」と言い続けている人へ
✗ やってはいけない声かけ
「いつ始めるんですか?」
「来月って言ってましたよね?」
(放置して様子を見る)
→ 催促はプレッシャーになり逃げを生む。放置は「準備期のまま維持」という最悪の状態を招く
✓ ステージに合った声かけ
「今週の水曜、一緒に昼に歩きませんか?」(具体的な日時)
「最初は5分でいいので、一緒に行きましょう」
「○○さんが始めたら、△△さんも誘いやすくなるんですよ」
→ 「いつか」を「今週の○曜日」に変換する。具体的な行動計画と社会的役割の付与が有効

STAGE 4|実行期——「始めたけど続くか不安」という人へ
✗ やってはいけない声かけ
「どうせ続かないでしょ(冗談でも)」
「もっと本格的にやったら?」
(特に何もしない)
→ 実行期こそ最も脱落しやすいステージ。否定や過度な期待は挫折を加速させる
✓ ステージに合った声かけ
「先週も歩いてたの見ましたよ!」(観察・承認)
「続けられてるってすごいですよ、本当に」
「今週も一緒に行きましょう!」(誘い続ける)
→ 承認と継続サポートが全て。小さな継続を「すごいこと」として認め続けることが維持期への橋渡し

⚙️ 自発的参加率を3倍にした「設計の技術」3つ

声かけと並んで重要なのが、施策そのものの「設計」だ。人が自然に動きたくなる環境を作る学問を行動経済学・ナッジ理論と呼ぶ。2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーらが提唱したこの理論は、「禁止や強制をせずに、そっと望ましい行動に誘導する」設計の技術だ。

01

設計技術 1 / ナッジ理論の核心

「デフォルト設定」——「やらない」ではなく「やる」が初期値の仕組みを作る

人は「初期設定(デフォルト)」から動くことを極端に嫌がる。年金や臓器提供の同意率が「オプトアウト(初期値:参加)」か「オプトイン(初期値:不参加)」かで劇的に変わることは、多くの研究で実証されている。職場の運動施策にも、この原理が完全に応用できる。

施策 デフォルト設定を変える前 変えた後
朝礼体操・ストレッチ 「参加したい人は集まってください」 「朝礼に組み込む」(全員が初期参加・不参加は別行動)
昼休みウォーキング 「希望者はグラウンドに集合」 「チームで昼に歩く時間」をカレンダーに登録(外れる方が別行動)
健康アプリ 「ダウンロードしてください」と案内 入社時のスマホ設定でデフォルト登録済み(アンインストールは自由)
歩数ポイント制度 「申し込んだ人に付与」 全員が自動エントリー(脱退希望者のみ申請)
現場でこのデフォルト変更を実施した製造業の事例では、昼休みウォーキングの参加率が「声かけ後10%」から「カレンダー登録後67%」に跳ね上がりました。人は決断を回避したいので、「参加しない理由を自分で作らなければならない」仕組みにするだけで、これほど変わります。
— 理学療法士・プログラム設計実績より

02

設計技術 2 / 自己決定理論×スモールステップ

「2分間設計」——最初のハードルを「バカにされた」と思われない限界まで下げる

デシとライアンの自己決定理論は、人が自発的に行動するためには「自律性・有能感・関係性」の3つの心理的欲求が満たされる必要があると説く。職場の運動施策が失敗するのは、この3つのどれかを侵害しているケースがほとんどだ。

特に「有能感(自分はできる)」の侵害は致命的だ。「1日30分の有酸素運動」を推奨するポスターは、運動習慣のない人にとって「自分には無理だ」という無力感を植えつける。有能感を守りつつ始めてもらうための設計原則は「最初はバカみたいに小さく始める」ことだ。

🏋️ 「2分間設計」の実装例
  • ✅ 「朝のデスクストレッチ2分」を業務開始前の定例にする
  • ✅ 「エレベーターではなく階段1フロア分だけ」をチームの約束にする
  • ✅ ウォーキングイベントの「最低目標歩数」を1日3,000歩(一般の成人の通常歩行で達成できる量)に設定する
  • ✅ 月1回の「5分間チームラジオ体操」から始め、翌月10分に延長する

「そんな小さなことで意味があるのか」と思うかもしれない。しかし現場では「始められた体験」こそが最大の動機づけになる。2分のストレッチを1週間続けた人は、3週間後には自発的に5分に延ばすことが多い。重要なのは最初の「できた」だ。

加えて、自己決定理論の「自律性」を守るため、参加の選択肢は常に複数用意する。「ウォーキングかストレッチか、どちらかを選んで」という設計が「どちらもやらない」を減らす。人は「やるか・やらないか」より「AかBか」を選ぶとき、行動する確率が上がる。

03

設計技術 3 / 社会的証明×関係性欲求

「見える化と仲間設計」——「一人でやる」を「みんなでやる」に変換する

自己決定理論の3つ目の欲求「関係性(つながり)」は、職場運動施策で最も活用できる武器だ。人は「自分と似た人が行動しているのを見ると動く」という社会的証明の原理を持つ。健康優良法人2024の調査では、51.7%の認定企業がウォーキング施策を導入しているが、参加率が高い施策に共通するのが「チーム対抗・ランキング・見える化」の要素だ。

  • Easy
    歩数の自動記録——スマホのヘルスケアアプリやウェアラブルと連携し、「記録する」というひと手間を自動化。記録の手間が減ると続けやすくなる
  • Attractive
    歩数ポイント+景品設計——達成時の「ご褒美」は「行動の結果」ではなく「行動の前後」に渡すと効果が高い(行動経済学)。「参加した全員に〇〇プレゼント」という設計が「まず参加してみよう」を引き出す

  • 部署対抗・チームランキング——「自分のためより、チームのため」の方が人は動く。特に「最下位の部署に〇〇」というネガティブインセンティブより「1位の部署に〇〇」というポジティブ競争が職場の雰囲気を良くしながら参加率を上げる

  • 管理職・リーダーが「先に動く」——社会的証明の中で最も効果が高いのは「尊敬している人の行動」を見ること。部長がウォーキングアプリを使い、歩数をチームに共有するだけで、部下の参加率は大きく変わる
  • Timely
    「人が動きやすい瞬間」に声をかける——健康診断の直後、年初の目標設定期、体調不良から回復した直後は「変わろう」という動機が高い。このタイミングを逃さず「一緒にやりませんか?」と声をかける
オムロンヘルスケアのウォーキング施策「オムゼロウォーク」のように、歩数データを可視化して全社で共有する設計は、個人の努力が「組織への貢献」に変換されます。「自分が歩くことで部署のスコアが上がる」という体験は、運動嫌いな人でも「じゃあやってみようかな」と思わせる強力な動機になります。
— 企業健康経営プログラム設計実績より

📋 自発的参加率3倍を実現する「設計チェックリスト」

以下のチェックリストを使って、既存施策の「参加率が低い理由」を診断しよう。未チェックの項目がある場合、それが参加率の天井を作っている可能性が高い。


  • 設計
    全従業員のステージ分布を把握している(健診アンケートやストレスチェックに「運動習慣」項目を付加している)

  • 設計
    施策は「参加したい人だけ」ではなく「全員が初期エントリー」になるデフォルト設定になっている

  • 設計
    最初のハードルが「2分・1フロア・3,000歩」程度の最小単位になっている(「1日30分」から始めていない)

  • 設計
    AかBか「どちらを選ぶか」の選択肢が用意されている(やるかやらないかの二択になっていない)

  • 声かけ
    無関心期の社員に「健康リスク」を語りかけず、「気づきのきっかけ」となる問いかけをしている

  • 声かけ
    関心期の社員に「ハードルを下げた具体的な誘い」をしている(「一度試してみましょう」)

  • 声かけ
    実行期の社員に「承認と継続サポート」を意識的に行っている(「続けてますね!」と声をかけている)

  • 声かけ
    管理職・チームリーダーが施策に「先に参加する」仕組みがある(上司が先に動くと部下の参加率が上がる)

  • 計測
    参加率・継続率を毎月数値で把握し、次の施策改善に活かしている

  • 計測
    施策の成果(プレゼンティーズム損失率の変化・欠勤日数・健診数値)を経営会議に報告している

💬 まとめ——「運動させる」をやめると、人は自然に動き始める

理学療法士として最も大切にしていることは、「運動させよう」という思考を捨てることだ。人は強制されると動かない。しかし「自分の意志で選んだ」と感じる環境があれば、人は驚くほど自発的に動く

行動変容ステージモデルは「今その人がどこにいるか」を教えてくれる地図だ。自己決定理論は「何がエンジンを動かすか」を教えてくれる設計図だ。ナッジ理論は「そっと後押しする仕掛け」の作り方だ。この3つを組み合わせたとき、職場の運動施策は「担当者の苦労話」から「文化」に変わる。

✅ 参加率3倍設計の要点まとめ
  • ステージを見極める——全員が同じではない。無関心期・関心期・準備期・実行期でアプローチを変える
  • 声かけを変える——ステージに合わない言葉は逆効果。問いかけ→ハードル下げ→承認の順で関わる
  • デフォルトを変える——「参加しない」が初期値の施策は失敗する。「参加する」が自然な流れになる設計にする
  • 最小単位から始める——「2分・1フロア・3,000歩」。成功体験を積み重ねると人は自発的に量を増やす
  • 社会性を活かす——チーム対抗・見える化・上司が先に動く。「一人でやる」より「みんなでやる」方が続く

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【参考文献・データ出典】
・Prochaska JO, DiClemente CC. トランスセオレティカルモデル(行動変容ステージモデル)原著論文(1983〜)
・Deci EL, Ryan RM. 自己決定理論(Self-Determination Theory)
・Thaler RH, Sunstein CR. 「ナッジ:自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリズム」(2008)
・厚生労働省「ナッジを応用した健康づくりガイドブック」
・労働者健康安全機構「勤労者の運動習慣の実態調査と運動習慣定着の阻害要因についての考察」
・経済産業省 健康経営優良法人認定事務局「ACTION!健康経営」フィードバックシート(2024年度)
・アドバンテッジ社「生活習慣とプレゼンティーズムの関連調査」
※本記事の声かけ事例・設計事例は、監修者の現場経験および各種研究知見をもとに再構成したものです。

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