「従業員の健康に問題がある気はするけれど、どう経営会議に持ち出せばいいか分からない」——そんな人事担当者に伝えたいことがある。
健康課題はすでに、あなたの会社の決算に影響を与えている。ただし帳票に現れない形で。それがプレゼンティーズム損失だ。
出社しているのに、腰痛で集中できない。睡眠不足でミスが続く。メンタルの不調でパフォーマンスが半減している——こうした「見えない損失」は、従業員1人あたり年間30万円、1,000名の企業では単純計算で年間3億円にのぼるとも試算される。
本記事では、このプレゼンティーズム損失を3ステップで自社の数字に換算し、経営会議に持ち込める報告書に仕上げる方法を解説する。記事中には、入力するだけで試算額が出る計算ツールも用意した。
📊 まず理解する:健康関連コストの「7割超」はプレゼンティーズムが占める
企業が抱える健康関連コストは、大きく3つに分けられる。多くの経営者が注目するのは医療費や休職コスト(アブセンティーズム)だが、厚生労働省保健局の調査によると、企業が支出する健康関連の総コストにおいて、7割以上を占めているのがプレゼンティーズムだ。
つまり、医療費や休職者数だけを追いかけていては、健康関連コストの大部分を見えていない状態で放置していることになる。プレゼンティーズムに着目することは、健康経営の”本丸”に踏み込むことだ。
経済産業省「健康経営オフィスレポート」によれば、プレゼンティーズムに結びつく健康状態は主に3つ——①心身症(動悸・息切れ、胃腸の不調など)、②運動器・感覚器障害(頭痛・腰痛・肩こり・眼精疲労)、③メンタルヘルス不調(ストレス、ワーク・エンゲイジメント低下、うつ病)だ。これらは業種を問わず発生するが、特に製造業・IT・医療福祉では高リスクとなる。
メンタルヘルス不調
損失率最大
超高ストレス者の年間損失額は平均年収400万円想定で約139万円(ユナイテッドヘルス調査)
腰痛・肩こり・頭痛
最多の原因
運動器障害は業種を問わずプレゼンティーズムの主因。製造業・介護職は特に高リスク
睡眠障害・疲労蓄積
最強相関
生活習慣の中で「睡眠習慣」がプレゼンティーズムと最も強く関連(アドバンテッジ社調査)
生活習慣病(未治療)
長期化リスク
高血圧・糖尿病の有所見放置は、中長期のパフォーマンス低下と重症化を招く
🔢 自社の損失額を出す「3ステップ」
プレゼンティーズムは主観的な生産性の低下であるため、測定には標準化されたアンケートツールを使う。健康経営銘柄2023の選定企業でも、WHO-HPQを活用している企業が11社確認されており、信頼性の高い指標として広く使われている。
経済産業省の「健康経営ガイドブック」では5つの測定方法が紹介されているが、実務で特に使われるのは以下の2つだ。
| ツール名 | 設問数 | 特徴 | 推奨場面 |
|---|---|---|---|
| SPQ (東大1項目版) |
1問 | 「病気やけがのない状態を100%として、過去4週間の自身の仕事をパーセンテージで評価」。日本人の平均損失率は約15% | 初めての導入 全社一斉調査 |
| WHO-HPQ (短縮版) |
11問 | ハーバード大学開発。「絶対的プレゼンティーズム」と「相対的プレゼンティーズム」の2種類のスコアが算出でき、健康経営度調査でも推奨 | 経産省報告対応 詳細分析 |
| WFun | 10問 | 産業医科大学開発。健康問題による「労働機能障害の程度」を測定。個別フォローに特化。経産省推奨ツール | 高ストレス者 個別対応 |
SPQ(東大1項目版)の設問文と実施方法
病気やけがをしていないときに発揮できる自分の仕事を100%として、
過去4週間の自分の仕事のでき具合は何%でしたか?
( )%
※ 記入例:仕事が完全にできていた場合 → 100% / かなり落ちていた場合 → 60〜70%
回収後、全従業員の回答値の平均を算出する。その平均値を引いた数字(100%-平均値)が「自社のプレゼンティーズム損失率」になる。
測定によって損失率が出たら、次はそれを金額に換算する。考え方はシンプルだ。
※ 測定前の試算には、日本人の平均損失率である約15%(SPQ東大1項目版ベース)を参考値として使用できる
※ WHO-HPQを用いた場合は「プレゼンティーズム損失割合 × 総報酬年額(標準報酬月額×12ヶ月+標準賞与)」で個人別に算出が可能
以下の計算ツールを使えば、今すぐ自社の概算値が出せる。測定前でも「日本人平均の15%」を使った試算で、経営会議の議題として提示できるレベルの数字になる。
正社員のみ、またはパート込みで試算可
賞与込みの年間総支給額の目安
測定済みなら実測値を入力。未測定は15%(日本人平均)を推奨
コメント文の業種名に使用
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※人件費ベースの算定のため、実際の売上損失はさらに大きくなる可能性があります。
試算額が出たからといって、それを「プレゼンティーズムによる損失は年間○億円です」と報告するだけでは経営層は動かない。必要なのは「だからこの施策を、この予算で実施する」という投資判断の文脈に落とし込むことだ。
経営会議用スライドの構成(1ページ)
経営層を動かす「3つの言い換え」
担当者言語と経営者言語は違う。同じデータでも言い方次第で反応が変わる。
| 担当者が言いがちな言葉 | → | 経営者に刺さる言い換え |
|---|---|---|
| 「従業員のストレスが高いです」 | → | 「高ストレス者1人あたり年間約139万円の生産性ロスが発生しています」 |
| 「腰痛で悩む社員が多いです」 | → | 「運動器障害は全社損失率を平均3〜5%押し上げている可能性があります」 |
| 「健康施策に投資すべきです」 | → | 「損失率を5%改善するだけで、年間○○万円の回収になります」 |
| 「測定の予算をください」 | → | 「まずSPQアンケートを健診に付加するだけでデータが取れます。費用は0円です」 |
KPI設定のポイント——「測定可能・経営直結・年次比較可能」の3条件
経営層への報告が一回で終わらないようにするためには、継続的に測定・改善サイクルが回るKPIを設定する必要がある。
- 📌全社プレゼンティーズム損失率——毎年SPQまたはWHO-HPQで計測し、前年比で改善しているかを追う
- 📌高ストレス者率——ストレスチェックの結果と連動させ、「高ストレス者 = 高プレゼンティーズムリスク者」の比率を管理する
- 📌健康関連損失額(推計)——損失率×人件費の計算式で毎期試算し、経営会議の定常アジェンダとして位置づける
- 📌施策別の損失率改善幅——どの施策(運動支援・腰痛予防・睡眠改善等)が損失率の改善に寄与したかを追う。ROIを可視化できる
💬 まとめ——「測ること」が最初の投資だ
プレゼンティーズム損失の試算は、難しい数学ではない。従業員に1つの質問をして、平均年収を掛けるだけで始められる。
大切なのは、その数字を「健康担当者のレポート」で終わらせず、「経営判断の材料」として経営会議に届けることだ。今日の記事で説明した3ステップを振り返ろう。
- ①ツールを選ぶ——初導入はSPQ(東大1項目版)1問から。ストレスチェックや健診票に付加するだけで全社データが取れる
- ②損失額を試算する——「損失率 × 人件費総額」で年間損失額を算出。測定前でも日本人平均15%を使った概算で経営会議に提示できるレベルの数字になる
- ③経営会議に持ち込む——「損失の報告」ではなく「投資判断の材料」として提示。施策費用と削減見込み額を並べ、3年間のKPI目標とセットで提案する
健康経営度調査ではプレゼンティーズムを含めた定量的な指標の開示が求められており、今後は投資家・金融機関・取引先への開示文脈でも必須の指標になっていく。「まだやっていない」企業が今すぐ始めるべき理由は、そこにもある。
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【参考データ出典】
・厚生労働省保健局「データヘルス・健康経営を促進するためのコラボヘルスガイドライン」
・経済産業省「企業の『健康経営』ガイドブック(改訂第1版)」
・ユナイテッド・ヘルスコミュニケーション株式会社「ストレスによる企業のコスト損失額試算」
・東京大学 中村好一ほか SPQ(東大1項目版)開発論文
・WHO健康と労働パフォーマンスに関する質問紙(WHO-HPQ)日本語版
・アドバンテッジ社「生活習慣とプレゼンティーズムの関連調査(2020-2021)」
・ウィーメックス株式会社メディコム「健康経営指標としてのプレゼンティーズム」
※本記事の試算値・損失率はすべて参考値です。自社での正確な計測には標準化ツールの使用を推奨します。