執筆:影石 言光(理学療法士/ラグスタ株式会社 本社統括取締役)
「普通に歩けているし、立ち上がりも問題ない。だから転倒の心配はない」。体力測定の結果を見て、そう考える方は少なくありません。
しかし、理学療法士として現場で測定をしていると、点数には表れないリスクに気づくことがあります。そのひとつが、片脚立ちの「左右差」です。
この記事では、滋賀県内の整形外科で行っている運動教室の測定データをもとに、左右差がなぜ見落とされやすいのか、そして職場の転倒予防にどうつながるのかをお伝えします。
1. 体力測定の点数は「良い方の脚」で付けられている
転倒リスクを調べる代表的なテストに、開眼片足立ちがあります。目を開けたまま片脚で立ち、何秒保てるかを測るシンプルなテストです。
このテストでは、左右それぞれを測り、良い方の値で判定するのが一般的です。その人が持っているバランス能力の「最大値」を見るためです。
ところが、実際の生活や仕事の中で、私たちは都合よく得意な方の脚だけで踏ん張れるわけではありません。段差につまずいたとき、床で滑ったとき、とっさに体を支えるのがどちらの脚になるかは選べません。支えきれない側でバランスを崩せば、それが転倒につながると考えられます。
つまり、点数が示す「能力」と、実際の「リスク」は必ずしも一致しないのです。
2. 運動教室で測ってみると
当社では、滋賀県内の整形外科で高齢者向けの運動教室を行っており、定期的に転倒予防のための体力測定を実施しています。2026年10月の測定(参加者13名)で、開眼片足立ちの左右の秒数を詳しく見たところ、次のような結果になりました。
※測定は左右それぞれ実施し、上限は120秒としています。
参加者13名の開眼片足立ち(左右の秒数)
発見① 13名中6名は、弱い方の脚が「良い方の半分以下」
左右の秒数を比べると、13名中6名は、弱い方の脚の秒数が良い方の半分以下でした。中には、片方の脚で78秒立てるのに、反対の脚では18秒という方もいました。
発見② 「満点」の3名のうち2名に、大きな左右差
片足立ちで最高評価(10点)だった方は3名いました。ところが、そのうち2名は、弱い方の脚が18秒と28秒でした。良い方の脚で判定すれば「非常に優れている」ですが、弱い方の脚だけで見れば、標準の下限前後にとどまります。
発見③ 弱い方で見ると「25秒未満」が6名から11名に
25秒をひとつの目安として比べてみました。
| 判定に使う脚 | 25秒未満の人数(13名中) |
|---|---|
| 良い方の脚 | 6名 |
| 弱い方の脚 | 11名 |
良い方の脚だけを見ていると、残りの5名のリスクは見えてきません。同じ測定結果でも、どちらの脚を見るかで「要注意」の人数がほぼ倍になるということです。
3. 左右差はなぜ生まれるのか
左右差の原因は人によってさまざまですが、次のようなことが関わっていると考えられます。
- 過去のけが:昔の捻挫や骨折、膝や腰の痛みなどで、片側をかばう癖が残っている
- 利き足:ボールを蹴る、階段で先に出すなど、無意識に使う脚が偏っている
- 生活や仕事での体の使い方:立ち仕事で片脚に体重をかける、同じ向きで作業を続けるなど
大切なのは、本人が左右差に気づいていないことが多いという点です。日常生活では得意な脚で自然にカバーできてしまうため、測ってみて初めて分かるケースがほとんどです。
4. 職場でも同じことが起きている
左右差は高齢者だけの問題ではありません。働く世代でも、片側に負担のかかる作業や過去のけがによって、左右差が生じていることは十分に考えられます。若いうちは筋力やとっさの反応でカバーできても、年齢とともにそれが表に出てきます。
職場の転倒は、決して小さな問題ではありません。厚生労働省によると、令和7年に休業4日以上となった労働災害のうち、事故の型で最も多かったのは「転倒」で、37,195人にのぼり、前年より増加しています。
一方で、従業員一人ひとりの体力を把握できている企業はまだ少数です。その実態と、企業に求められている対応については「転倒労災3.7万人、見える化は5.8%」で解説しています。
「歩けている」「立ち仕事もこなせている」従業員でも、片脚で支えきれない側を抱えているかもしれません。転倒予防を考えるうえで、通路の段差や床の滑りといった環境面の対策に加えて、一人ひとりの体の状態を知ることが欠かせないと私たちは考えています。
5. 測るなら「左右を分けて」見る
体力測定を転倒予防に役立てるには、合計点や平均点だけでなく、次の2点を確認することが大切です。
- 弱い方の脚の秒数:良い方ではなく、弱い方がどの水準にあるか
- 左右の差の大きさ:両脚の秒数にどれくらい開きがあるか
ラグスタの企業向け転倒リスク判定では、開眼片足立ちを含む5つの項目を組み合わせ、理学療法士が結果を総合的に判断しています。点数だけでは見えないリスクを拾い上げ、一人ひとりに合った対策につなげることが、測定の本当の目的です。
判定に使う5項目とその根拠、現役世代と高齢者で基準を分ける理由については、「転倒リスク判定、セルフチェックと何が違う?」で詳しく解説しています。
まとめ
- 片脚立ちの点数は、通常「良い方の脚」で付けられている
- 運動教室の測定では、13名中6名が、弱い方の脚で良い方の半分以下の秒数だった
- 満点の人の中にも、反対の脚が標準を下回る人がいた
- 左右差は本人が気づきにくく、職場の従業員にも起こりうる
- 測定では「弱い方の脚」と「左右差」を見ることが大切
片脚立ちが満点でも、安心するのはまだ早いかもしれません。
関連記事転倒リスク判定、セルフチェックと何が違う?自社で体力チェックをするときにつまずきやすい3つの壁と、理学療法士が使う判定5項目の根拠を解説しています。
職場の転倒リスク、測ってみませんか
ラグスタでは、理学療法士が企業に出向き、従業員の転倒リスクを測定するサービスを行っています。会議室1室程度のスペースがあれば実施でき、結果は集計した報告書としてお返しします。
参考資料
厚生労働省「令和7年の労働災害発生状況を公表」(2026年5月27日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_73382.html